23歳になった今、伝えたいこと。
23歳。
もっと大人だって思ってた。
23歳。
過去の私は結婚してると思ってた年齢。
そんな年齢になってしまった。。
私、もう23年生きてるんだ。。
そう考えると今までの人生の中で乗り越えてきた様々なシーンを思い出す。
もちろん楽しいこと嬉しいこともあったけれど、今の人生の中で大きな軸となり、私の糧となっている芯は、沢山泣いて苦しんで当時の私が考えながら乗り越えてきた事柄が大きかったと感じます。
"アイディンティティクライシス"
この言葉を聞いたことがある人はどのくらいいるのだろうか。。実は私は、10代後半から20代の前半の今までの中でこの"アイディンティティクライシス"のような経験をしていました。
簡単に言えば、「自分は何故ここのいるのか」が分からなくなってしまうような自己同一性の喪失。私だけでなく、今の若者には多いとも言われている心理的な危機的状況らしいんだけど、私がこの危機から脱出する為には、「自分だって、誰かから必要とされているんだ」と気づくことが必要だった。
だから、自分がなりたい将来像は、"知的さとか美しさ以上に、より良い場所へと自分自身や周囲の人たちを連れて行けるような、人間力のある人"なんじゃないかと思うように、考えるようになってたの。
私がこの危機的状況から脱却できたのは、周りにいてくれる家族や友達のおかげでね。
アイディンティティクライシスのような状況になっていたことを誰かに話すことはなかったから、誰も知らなかったし、そもそも人に伝えることが怖かった。
ただ、今を変えるのなら自ら行動するしかないと思い、私は20歳の時に"伝える"ことを疎かにすることを辞めた。今まで疎かにしてたというわけではないけれど、より伝えるように、些細なことでも、相手がそれを伝えて嫌な思いにならないだろう事は言葉にして相手に伝えるように心掛けるようにした。
そうすると、本当に不思議なんだけど、周りも今まで以上に様々なことを伝えてくれるようになっていたの。
"好き"も"ありがとう"も。より私の生活の中であたたかい言葉達が増えていった。
そして、気づくことができた。
"私って知らないところでこんなにも愛されてたんだ"って。それに気づけるようになるまでには様々な出来事があったけれど、それでもね、気づくことができたの。
それと同時に、もっと誰かに伝えたいと思うようになって、知ってて欲しいと思うようになってた。
本当にね、色々を経験したの。この22年、明かせることも、明かせないことも。本当に。何度も言うけれど、苦しい経験なんてしなくていいならしなくていい。けれど、経験したのならその経験を私は殺さずに後に自分の成長へ繋げられる糧にしたい。
もし私があの時、愛されてることを心から分かっていたら、頭の片隅にちゃんとあったら、あんな危機的状況にはならなかったかもしれない。そう思った時に、わたしにできることは"伝え続けること"だと思ったの。思うだけでなく、きちんと言葉にして。
私が、常に愛だの守りたいだの色々話してる理由はこれなんです。伝え続けたい。知ってて欲しい。ひとりじゃないんだってこと、貴方には貴方を大切に思ってる人が絶対にいるんだよってことを。それは思ってるだけじゃ何も伝わらないし、言葉にしないと相手には届かないから。。
けれど、だからと言ってね?別にね、言いたくないことは言わなくていいの。そういうことを強引に聞き出したいとも思ってない。
...だけどね、周りに話すだけで少しは楽になれることもあるから。もしかしたら今は一人で抱えたほうが良いと思うかもしれないけど、話す相手は私じゃなくても、ほかの誰かだっていい。話したいと思った人でいい。ただ、あなたは一人じゃないから。助けを求めれば絶対、聞いてくれる人がいるから。ちゃんとその手を握って一緒に歩んでくれる人がいるから。それだけは知っててほしいの。
一人で抱え込みすぎて倒れる前に、ちゃんと周りを見て、その手を握って一緒に立ち止まって抱きしめてくれる人たちが傍にいることをね、忘れないでほしい。。
もし、あなたが私に少しでもSOSをこちらに打ち明けてくれれば全力で私は守り抜くから。だから、それだけは本当に忘れないでほしいなって思うよ。
危機的状況になった時、誰に助けを求めたらいいのか分からなくなってしまった私だからこそ、常に何も無くても伝え続けたい。言葉にして伝え続けたい。伝え続けることで何ができてるかなんて分からないし、自己満足だと言われたら否定もできない。ただ、その自己満足だと思われても、愛に酔いしれてると思われても、誰かの心に何か少しでも届いて、心のどこかにいつかその愛が生きていたらいいなと思ってる。
この22年の人生の中で、たくさん嬉しいことも楽しいこともあった。それと同時に辛いことも苦しいこともあった。消えてしまおうかと本気で悩んだ夜もあった。世界に目を向けたら微々たる経験の数々なのかもしれないけれど、それでも色々を経験した私だから分かることもきっとこの世界にはあるはずだし、寄り添えることも、伝えられることもあるはずだから。
いまは、その経験をした意味を私は大切な人を守れるようになる術を学ぶためだったと解釈している。
23歳。人間力をより身につけたい。そして、大切な人を守れる人になりたい。引き続き、一過性の幸せでなく持続可能な幸せを求めて探して過ごしていきたい。でもね、未来ばかり見ていると目の前が見えなくなってしまう時もあるからそこは気をつけながら、ね。笑
多くは求めず、身近な幸せや愛を取りこぼさないようにね。周りの人に愛と感謝を伝え続けたい。
22歳、私はまだ幸せ上手にはなれなかった。けれど、私は愛を知った。いままで感じたことのない愛にたくさん触れた。だからね、23歳こそ幸せ上手になりたい。笑
22歳の私、お疲れ様でした。
23歳の私、がんばろうね。
最後に。
私は私の物差ししか知らないように、貴方には貴方の物差しがあるはずです。その物差しは誰にも強要はできないもので個人間の中で通用する物差しです。
だからね、私は私で、貴方は貴方なんです。
楽しいも幸せも、辛いも苦しいも、感じ方は人それぞれ。それを忘れたら終わると私は強く思います。目の前にいるその人が笑顔にならないと思うことは絶対しない、言わない、そうやって寄り添い合いながら積み重ねていける未来が増えれば、きっとそれぞれが各々の思いやりと優しさで未来は優しく愛で柔らかく包まれると私は思ってます。
私も貴方もそれぞれのやり方で、唯一無二の日々を送れるように。。
日常を過ごしていると、どこか忘れてしまいそうになったり、錯覚してしまいそうになる時もあるかもしれないけれど、独りよがりにならずに、これからも未来を見て私は生きていきたい。
誰かに期待するのではなく、少しでも自分で頑張ろうとする勇気だったり、時代や環境に頼らず強く生きる気持ちを大切に。
大丈夫よ、あなたも私も愛されてるからね。
今年もこの場所を覗いてくれたあなたに、たくさんの愛を送ってくれるあなたに、心からの感謝の気持ちを。本当に、大好きよ。
いつもありがとう。
23歳の私のこともよろしくおねがいします。
あなたにとって今日という日が、少しでも穏やかで優しい愛の光で包み込まれる、そんな柔らかい時間で溢れている事を願って。
愛を込めて。
with love.
31
0コメント